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福岡高等裁判所 昭和44年(ネ)624号 判決 1976年1月26日

控訴人(付帯被控訴人)

中野道臣こと

宗道臣

控訴人(付帯被控訴人)

金子正則

右両名訴訟代理人

関之

外四名

被控訴人(付帯控訴人)

森実政裕こと

森実玉照

右訴訟代理人

国府敏男

外一名

主文

原判決主文第一項をつぎのとおり変更する。

控訴人(付帯被控訴人)らは連帯して被控訴人に対し金二〇万円及びこれに対する昭和三六年七月八日から支払ずみに至るまで年五分の金員を支払え。

被控訴人(付帯控訴人)のその余の請求並びに付帯控訴及び当審における予備的請求を棄却する。

訴訟費用は第一・二審を通じこれを五分しその一を控訴人(付帯被控訴人)らの、その四を被控訴人(付帯控訴人)の各負担とする。

事実

控訴人(付帯被控訴人、以下単に控訴人という)ら代理人は控訴につき、「原判決中控訴人らの敗訴部分を取り消す、被控訴人(付帯控訴人、以下単に被控訴人という)の請求を棄却する、訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする」旨の判決を、付帯控訴(当審における予備的請求を含む)につき「本件付帯控訴を棄却する、付帯控訴費用は被控訴人の負担とする」旨の判決を求め、被控訴人代理人は、控訴につき、「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人らの負担とする」旨の判決、付帯控訴につき、「原判決中被控訴人のその余の請求を棄却するとの部分を取り消す、控訴人らは、被控訴人に対し福岡県にて発行される朝日、毎日、西日本及び夕刊フクニチの各新聞紙上に各一回以上五号活字で別紙(一)記載の謝罪広告をせよ。当審において予備的に、控訴人らは被控訴人に対し、別紙(三)記載の各宛先に対し、別紙(四)記載の謝罪並びに取消通知を発送せよ。付帯控訴費用は控訴人らの負担とする」旨の判決を求めた。

当事者双方陳述の事実及び証拠関係は、中野道臣とあるを宗道臣と訂正しつぎに付加するほかは、原判決(別紙(一)(二)を含む)事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

一、控訴人らの主張

(1)  被控訴人が少林拳法を称する行為は不正競争防止法に該当する違法行為であるから、控訴人らのした本件文書配布行為は右違法行為を防止するための正当行為である。

控訴人らの主宰する少林寺拳法は、控訴人宗道臣において中国古来の拳法を自ら総合修正して編み出した技法であり、加うるに、金剛禅の本義に基づいて宗教とその功行として挙法を修する一派を形成したものであり、昭和三六年四月当時において、全国にわたり支部道院大学の拳法部等があり、その門信徒数一〇万人余に達する集団をなし、全国的組織としての態勢を有していた。被控訴人は控訴人宗道臣に師事し技法五段に達しながら同控訴人に無断で少林寺拳法より離脱し、当初は示現峙拳法と称し、つぎにこの名称では門人が集まらないところから、少林寺拳法に極めて類似した少林拳法と称し時には全く同一の少林寺拳法と称して、控訴人らの少林寺拳法と類似する挙法を教授指導し、分派的競業をしている。

かかる行為は不正競争防止法一条一項二号に該当する行為である。同法にいう営業とは営利を目的とする事業のほか、一般に経済上自立的にその収支計算の上に立つて行われる事業を含むと解するを相当とするところ、少林寺拳法の研究普及事業を営む日本少林寺拳法連盟等の団体は経済的に自己の収支計算の上に立つて運営されている。その所要経費は入会金、会費、分担金等の収入により自立的に賄われている。このことは、被控訴人の主宰する少林拳法ないしその連盟本部(後に全日本少林拳法武徳会)とて同一であり、これらの事業は同法にいう営業に該当する。したがつて被控訴人の少林拳法指導普及行為は前記条項に該当し、少林寺拳法は同法の商号というべきである。被控訴人が少林拳法と称して拳法の指導普及をすることは同法五条二号によつて処罰される違法行為である。控訴人らのした本件文書配布行為は、この違法にして反道義的な行為を批判するためであり、被控訴人の前記違法行為に比し相当性を出でないもので許容されてしかるべきである。

(2)  被控訴人は本件文書の配布により名誉を毀損されたと主張するが、右配布行為は控訴人らが主宰する少林寺拳法が達磨の遺法を行し衆生を済度せんことを目的として立宗功行されるものであることに徹し全民衆を対象とするものであつて公共の利害に関する事実につき公益を図る目的でなした行為である。その記載内容は真実であり、或は、真実と信ずるに足りる相当の理由があつたのであるから、控訴人らの右行為については違法性は阻却さるべきである。

二、被控訴人の反論

(1)  控訴人らの主宰する少林寺拳法はその主たる目的が宗教活動であるのに対し、被控訴人主宰の少林拳法は単なる拳法の指導普及であつて、その間に競争関係はないから、不正競争防止法にいう競業には該当しない。また、被控訴人主宰の少林拳法の集団は、拳法同好者の集団にすぎないから、営業と目すべきではない。

のみならず、少林寺拳法なる名称はわが国においては昭和五年以降竹森大然により使用され昭和一六年以降種川臥龍によつても行われていたものであつて、控訴人らの始めて創設した名称ではなく、同法二条にいう普通名称にすぎない。また、被控訴人は控訴人らに対し昭和三一年末休門届を提出し少林寺拳法とは絶縁しているから、被控訴人が控訴人らの少林寺拳法を防害したり、控訴人らに対し敵対ないしこれを誹謗したりする行為は一切していないのである。

(2)  控訴人らは本件文書の配布は公共の利害に関し公益を図るに出でたというが、その記載は全く虚偽であるばかりでなく、専ら被控訴人に対する個人攻撃に終始し、自己の主宰する少林寺拳法の拡大発展をはかり被控訴人の少林拳法に打撃を与えんがために被控訴人を誹謗するもので、到底違法性を阻却されるものではない。

三、控訴人らは予備的請求の原因として、仮りに謝罪広告の請求が許されないとしても、控訴人らは別紙(二)記載の各宛先に本件文書を配布し被控訴人の名誉を侵害した。よつてその名誉の回復を求めるため右各宛先に対し別紙(四)記載の謝罪並びに本件文書の取消通知の発送を求める。

四、<証拠省略>

理由

一被控訴人がおそくとも昭和二六年一〇月五日以降控訴人宗道臣の肩書地所在金剛禅総本山少林寺拳法に入門師事し、昭和二七年技能三段の免状を受け、昭和二九年八月熊本県阿蘇郡小国町に転住し同年九月一日少林寺拳法管長宗道臣より阿蘇少林寺拳法分院設置の許可を得て阿蘇道院長に就任し、同年一二月四段昭和三一年九月五日五段の各允可を受けたこと、その後被控訴人は右少林寺拳法より離脱独立し肩書地において少林拳法連盟本部を組織し少林拳法の指導普及に努力していること、控訴人宗道臣が肩書地所在の日本少林寺拳法有段者会及び宗教法人少林寺の各代表者であり、同金子正則が香川県知事で右有段者会の総裁であつたこと、控訴人両名がそれぞれ昭和三六年四月二五日少林寺拳法中野道臣、日本少林寺拳法有段者会総裁香川県知事金子正則の共同名義で被控訴人主張の名機関に対しその主張の題及び内容の本件文書を配布したことは当事者間に争いがない。

二そこでまず、控訴人らが主宰する少林寺拳法と被控訴人主宰の少林拳法の異同について検討する。

(一)  <証拠>を総合すると、つぎの事実が認められる。

(1)  控訴人宗道臣は昭和のはじめ頃渡満しその後満州中国に在つて日本軍の特殊工作員として活躍し、その間義和団事件の生き残りの白連拳や義和門拳の達人に師事し各派の拳技を修業し、拳法の発祥地とされる高山少林寺を訪問したこともあつた。終戦後帰国し戦後日本の人心の荒廃を憂い昭和二二年香川県多度津町に居を定め、中国時代修得した各種拳の技法を総合整理して剛法柔法整法の三法六百数十の基本技を案出し、達磨大師を本尊として金剛禅の宗旨に基づく道場を開き、右拳法を宗門の行として修めることとし、当初は少林拳法ついで日本伝正統北派少林寺拳法と称し、門信徒の育成を始め、その数次第に増加するにしたがい少林寺拳法連盟として発展した。この団体はその人員組織の拡大に伴い昭和二六年一二月二五日正式に宗教法人法による宗教法人総本山少林寺として認可され、同控訴人はその管長となり、右拳法を少林寺拳法と名付け、これを功行してその門信徒の教化育成に専念するとともに、他方、宗教団体とは別個に拳法の修得を目的とする団体としてその頃少林寺拳法有段者会が組織され、香川県知事であつた控訴人金子正則はその総裁となつた。

(2)  中国においては、中華人民共和国河南省にある禅寺高山少林寺の僧が古来武勇にすぐれていたことから、同寺で行われていた拳技が同寺の僧が各地に分散してその技を演じたこともあつて継承伝播し、時の経過とともにその挙技も種々に呼称されたが、少林寺挙法という固定した名称は生れなかつた。日本においても、少林寺拳法(拳)少林寺源不動拳(拳)、少林寺達磨流(拳)、少林寺鶴派(拳)、少林寺流(空手)、少林寺流(唐手)等拳又は空手唐手の技が少林寺の名を付して行われた形跡が文献上ないわけではないが、最近において少林寺拳法として周知されているのは控訴人宗道臣の創設した拳法であり、同控訴人及びその門弟の努力によるものであり、少林寺拳法をもつて不正競争防止法二条にいう普通名称と認めるのは相当でない。すなわち、昭和二五年には村上元三作新聞小説「風流あじろ笠」に書かれ、昭和三四年長谷川伸原作の映画「飛びつちよ勘太郎」に少林寺拳法演技の場面が挿入されるに及んで一段と世人の注目を浴び、四国を始め近畿関東北海道九州の一部にも総本山少林寺の支部道院が開設され、宗儀を除いた拳技の部門においても自衛隊、大学、高校、企業体において拳法部が誕生するに至り、本件文書の配布された昭和三六年四月当時において控訴人宗道臣主宰の少林寺拳法の門人はその数一〇万を越える状態であつた。

(3)  総本山少林寺の施行細則によると、地方における宗教活動の実施機関として別院又は支部道院及び少林寺有段者会の支部を設け(第六条)、道院は礼拝施設を有し少林寺拳法を演武するに足る設備を整え、且つ本法人の教師の資格を有する者が長となり、儀式行事を行い、各種の行を修する所とされ(第八条)、各道院は毎月一回初旬に日を定めて入門式及び儀式を行い、一〇日以内に入門願書、礼録を本部に提出するものとされる(第一七条)。また、本法人の維持運営に要する一切の経費は本山及び支部道院を経て本法人に納入される各種礼録、講習費寄附金その他によつて賄う(第二五条)とされている。

(二)  <証拠>によると、つぎの事実が認められる。

被控訴人は最初大峯修験宗の僧籍に入り吉野金剛山寺に入山修業しその後修験者として各地を廻わり加持祈祷を行つて来たが、冒頭に記述したように控訴人宗道臣に師事阿蘇道院長に就任し、昭和三一年九月には五段の允可を受けるに至つた。その頃知遇をえていた末永節に少林寺拳法の演技を披露したが同人より大和杖術や少林棍法を教示され、また、中国における拳法の由来を聞き、少林寺拳法に右杖術や棍法の技法を加味し別派を樹てることを考え始めた。それはまた、少林寺拳法の阿蘇道院での礼録、教費等のうち本山納入金の割合が多いこと、武術の修練場においてかような本部納入金制度は不合理であること、少林寺拳法においては宗教的色彩が濃ゆすぎること等についての不満もあつた。かくして同年一二月末頃自ら主宰する阿蘇道院において門人を集めて少林寺拳法を離脱する意向を表明して意見を求めたところ、一部反対者もあつたが、おおかたの賛同を得て離脱を決意した。翌三二年春福岡市に転住し、当初は自己の流派を示現峙拳法と称したが、昭和三二年末永節を初代宗家とし正統少林拳法と称呼をかえ、肩書地において門人を集めて拳法を指導教育するに至つた。昭和三六年四月当時には、被控訴人は少林拳法の第二代宗家と称しその門人数は一、〇〇〇名をこえ、振武館をはじめ西鉄等には支部、西南大学、福岡電波学校等には拳法部、同好会等が設けられた。かくして被控訴人は少林拳法連盟本部を組織して主宰し、自ら師範と称し段位級を設けてこれを授与し、或は入門料、月謝、連盟費等を徴収してこれを運営する制度を創設し団体を組織するに至つた。

(三)  以上みてきたところによると、控訴人宗道臣の少林寺拳法は宗教法人総本山少林寺の功行としての拳法であるのに対し、被控訴人の少林拳法は宗門とは無関係に武術の技法としての拳法である。また技法としてもその構え、姿勢等において多少異るところあるは論をまたないであろうが、通常人には両者の差別異同はにわかに判定しがたいことは<証拠>に徴し明らかである。したがつて少林寺拳法と少林拳法とは技法においては勿論、その組織体としてもさきに認定したように類似したものがあつて、世間一般に混同されやすいと認定するを相当とする。すなわち<証拠>によると、西鉄における被控訴人主宰下の少林拳法が控訴人らの少林寺拳法と西鉄組合の幹部間に間違えられたこと、フクニチスポーツ新聞紙上で少林拳法が少林寺拳法と誤つて記載されたこと、(なお、昭和四〇年代後半のことではあるが)福岡大学や福岡電波学校の拳法部においても同様の事例があつて少林拳法の部員にして非行を犯したものがあると同控訴人主宰の少林寺拳法が悪しさまに報道され非難されたこと、が認められる。

したがつて控訴人らとしては、被控訴人が少林拳法の称呼をもつて少林寺拳法と類似の拳技を教授指導することは、不正競争防止法にいう商号ないし競業と認めがたいこと後述の如くではあるが、武術技芸の社会にあつて既に一派として確立組織され、世間一般に評価を得ている名称を盗用するにひとしいものと云うべく、不正競争防止法の精神並びに武術技芸の社会における道義に反するものと云うのが相当であり、控訴人らは被控訴人に対し少林寺拳法の名称を法律上保護される利益を有し被控訴人はこの利害を侵害すべからざる義務を負うものと考えるのが相当である。

三控訴人らのした本件文書の内容配布先からみてその配布行為は被控訴人の名称を毀損するものと認める。しかしながら控訴人らの右配布行為は、被控訴人がした前記利益侵害行為に対する反撃行為であることは控訴人らの原審及び当審における各供述に照らし明らかであるから、本件文書の違法性の程度評価の前提として、その記載内容の真否について検討する。

(1)  「資格詐称の偽師範自称師範が横行し幼稚な技を教え段位級等の免状を私授している」点について

被控訴人が少林寺拳法の大拳士五段の允可状を交付されていることは前叙の如くであり、前顕乙第二号証の一によると、少林寺拳法では「師範」の名称は九段とされている(第二四条)から、被控訴人が少林寺拳法の師範でないことはいうまでもない。しかし被控訴人は自己の創設した少林拳法では師範でありその流派における段位級を授与しうる地位にあること、またさきに認定したとおりである。してみると控訴人らからみると被控訴人が師範と称することは偽師範自称師範ということになろうが、少林拳法がそれと別個の流派でありそれにおける師範であるから偽師範自称師範ときめつけることは相当でない。また、被控訴人の教えるわざが幼稚である点についても、これを肯認するに足りる証拠は存しない。

(2)  「被控訴人は先年背信行為により少林寺を破門せられ、少林寺拳法の全組織より除名されている背徳漢である」ことについて

被控訴人は昭和三一年一二月末頃少林寺拳法を離脱することを決意し控訴人ら宛休門届を提出し少林寺拳法の組織より離脱した旨原審及び当審で供述し原審証人佐伯政雄の証言中これに副うものがあるが、控訴人宗道臣の前記本人尋問の結果と対照し信用できない。そして<証拠>を総合すると、総本山少林寺は昭和三二年五月二五日附で被控訴人をその背信行為のゆえをもつて昭和三一年一二月三〇日附にさかのぼつて破門処分に附し、且つ日本少林寺拳法有段者会を除名処分に付したことが認められ、被控訴人は少林寺拳法の組織より排除されたことが認められる。したがつて被控訴人に控訴人らの云うが如き背信行為があり、被控訴人が背徳漢であるかどうかの点については後に説明することにしてしばらくおき、その余の点については真実であることが肯認できる。

(3)  「被控訴人には、布教従事中背信行為が続いた。その自称する経歴資格は総べて虚偽であり、また以前より偽名が多い」との点について

<証拠>によるとつぎの事実が認められる。被控訴人が昭和二六年一〇月五日附提出の入門願書、昭和二九年八月二五日附提出の履歴書によると、氏名を森実政裕、学歴を昭和一九年三月八幡市立商業学校卒業としているが、右は事実に反する、すなわち、戸籍上の氏名は森実玉照であり、右商業学校の卒業生名簿、転退学生名簿には記載がなく、被控訴人は昭和一九年三月福岡県八幡第二商業学校第一学年で退学していること、被控訴人は自己の名を大峯修験宗在籍中は覚照、少林寺入門中は政裕、ついで朔裕、少林寺を離脱して示現峙拳法を称していた時代は芳藤、少林拳法を組織した時代は芳啓と称していたことが認められる。しかしながら前記入門願書、履歴書に記載してある大峯修験宗入門の点が虚偽である事実を認めるに足りる証拠はなく、また、名をたびたび変えたことも武術技芸をもつて身を立てる者が時として心境の変化や姓名判断を信じて改名することは世に往々行われることに徴すると、この事実をもつて偽名を使用したとするのは当らない。布教従事中背信行為が続いたか否かは後に判断することにしてしばらくおき、経歴資格の一部に虚偽あることは明らかであるが、その「すべて」が虚偽であり偽名が多い、とは認めがたい。

なお、被控訴人が少林寺拳法入門前後頃加持祈祷をして生計の資を得ていたこと、その頃香川県善通寺市で下宿先を数度変えたことも前記供述により認められるが、若い頃から家出して大道香具師の仲間に入り全国を放浪し、山伏の弟子となつて悪魔払いをした等の事実を認めるに足りる証拠はない。かりにかような事実があつたとしても、控訴人らの求める入門願書履歴書に、かような事実を記載しなければ経歴資格の詐称とまで断ずるのは相当でない。

(4)  「被控訴人が背徳漢であること、布教従事中背信行為があつたこと、被控訴人が従事する少林拳法の普及行為が善良なる求道者を欺く不正行為であり、本人に良心がなく反省の色がないこと」について

(イ)  被控訴人が阿蘇道院在任中不正行為があつたか否かについて検討する。被控訴人が昭和三一年一二月末頃少林寺拳法を離脱するまでの間において、前記施行細則に定める手続を経ることなく勝手に少林寺拳法の段位級を授与していた事実を認めるに足りる証拠はない。また、右在任中右規則に定める入門費、教費等を本部に納入することなく着服費消した旨の事実も、これに副う控訴人宗道臣の前記供述はにわかに信用しがたく、他に右事実を認めるに足りる証拠はなく、却つて、被控訴人の前記供述によると、同人は教費を納めえない学生の分は自ら立替えて本部に納入していた事実、その間本山より会計検査を受け注意されたことや、所定礼録等の未納金を指摘されたり督促されたりしたことのない事実が認められる。

もつとも、右離脱以後の阿蘇道院の経理は被控訴人の関与しないところであるから、被控訴人が本山に対し正式に離脱の手続をとつてそのことを明にし引継事務等につき、けじめ正しい処置をとることなく放置したことは非難に値するけれども、このことをもつて不正行為があつた、とすることは相当でない。

つぎに、<証拠>によると、被控訴人は少林寺に入門の際「その教義規則を守るは勿論、信条御誓文に背くが如き行為は誓つてしない」ことを誓約していることが認められる。入門して七年控訴人宗道臣より指導を受け五段まで允可され阿蘇道院長に任ぜられながら、少林寺拳法を無断で離脱し類似の少林拳法を樹立して拳法を教授することは、少林寺拳法が宗教法人少林寺の霊肉一如の修練法易筋行であることに徴し、いわゆる「祖を滅せず師を欺かず」の信条にもとるものとして、控訴人らがこれを痛罵非難する気持となり、その表現として、被控訴人を「背徳漢として善良なる求道者を欺く不正行為をなす者」とすることは諒察に難くない。しかしながら、かかる言葉は、通常全人格的評価として使用されることにかんがみ、被控訴人の前記離脱別派の樹立を非難する言葉としては真実に合致しない。

以上を要するに、本件文書には一部真実に合する部分もあるが、多くの部分は真実に反するものであり、且つ、真実と信ずるにつき控訴人らにおいて相当の理由があつたと認めるに足りる証拠はなく、公然と被控訴人の名誉を毀損するものであることを否定するわけにはいかない。

四(1)  控訴人らは、右真実に合する事実については、公共の利害に関する事実につき公益を図る目的に出でたものであるから、違法性を阻却される、と主張する。

控訴人らの主宰する宗教法人総本山少林寺が「達磨大師を本尊として禅門の教義をひろめ」「達磨の違法正統少林寺拳法を功行して門信徒を教化育成する」ものであることはさきに述べた如くであり、また、前顕乙第二号証の二にあるとおり「済生利人のために修行し決して自己の名利の為にすることなし」との誓願を有することから考えると、本件文書はその主張のような趣旨に出でたものであることは否定しえないであろう。しかしながら叙上認定の経過に徴すると、被控訴人が自己の拳法を示現峙拳法から控訴人らの少林寺拳法と類似する少林拳法と名称を改め、少林寺拳法と類似の拳法を指導することにより両者が混同される事態を招来したのに慣激し、少林拳法の普及発展を防害し自己の流派の維持拡大を図ることを直接の目的として本件文書を配布したものと認むるを相当とするから右阻却事由には該当しない。

また控訴人らは、本件文書の配布は正当防衛である、或は少くとも違法性を欠くものである旨主張する。本件文書の配布は控訴人らが被控訴人の類似名称使用のもとに類似する拳法を教授指導することにより被る損害を滅殺して自己の利益をまもるためにした行為であること前認定のごとくであるが、本件文書はその多くが真実に合せず誇大にすぎ、被控訴人の名誉毀損の程度は相当性の限度を越えるものと判断するのが相当である。

(2)  控訴人らは、被控訴人が少林拳法の名称で拳法を教授指導することは、不正競争防止法に違反するから、本件文書の配布はこの見地からみて適法である趣旨の主張をするので検討する。

宗教法人総本山少林寺が礼拝施設を維持し同所で拳法を演武していくためには経費を要し、これを本山に納入される各種礼録等の収入によつて賄われていること、少林拳法もその団体を維持するためには月謝、連盟費等の収入によつて賄われていること、おのおのその教授指導する拳法が類似すること、は叙上述べたとおりであつて、両者はいわゆる競業関係あることは否定できない。しかしながら、不正競争防止法の対象とするのは営業であり、これを広く解して経済上の収支計算の上に立つ事業と解するとしても、少林寺拳法と少林拳法はともに武術の演武その修練を主たる目的とし、一応経済上の収支計算の上に立つとしてもこれを厳密に追求するものと認めるに足りる証拠はないし、およそ、武術の演武修練それ自体を目的とするものに不正競争防止法の適用ありと解することは相当でない。のみならず、不正競争防止法自体からみて本件文書の配布行為が適法とされる法理は理解することができない。

五よつて控訴人らは本件文書の共同配布行為として、被控訴人の蒙つた損害を賠償する義務があるところ、その精神的苦痛に対する慰藉料の額は、その記載内容の真否態様、被控訴人のした利益侵害行為その他叙上認定の諸般の事情を勘案して金二〇万円とするを相当とする。なお、被控訴人は新聞紙への謝罪広告、予備的請求として別紙(三)記載の機関への同(四)記載の文書の配布行為を請求するが、前者は本件文書の配布先が限られたものであるから新聞広告による謝罪の必要性はなく、後者はその求める内容が、別紙(二)記載の本件文書の取消並びに謝罪を求めるにあるところ、これがすべて真実ならざるものと認められないことさきに認定したとおりであり、取り消さるべき部分があるとしてもその内容を確定することが困難であること、その他本件にあらわれた諸般の事情に照らしこの部分の請求も認容できない。

よつて被控訴人の請求は、控訴人らに対し連帯して金二〇万円とこれに対する訴状送達の翌日たること記録上明らかな昭和三六年七月八日から支払ずみに至るまで年五分の金員の支払を求める限度において認容し、その余は棄却すべきであるから原判決主文第一項を本判決主文第二項の如く変更することとし、本件付帯控訴及び当審における予備的請求は理由がないから棄却する。なお、仮執行の宣言は本件につき相当でないからこれを付さないことにし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九二条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(亀川清 美山和義 安部剛)

<別紙省略>

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